こんにちは、Fractonのビニールです。
前号では機関投資家の「中立的な玄関」としてEthereum Institutional を取り上げました。今回はその導線の最終工程にあたる EthSystemsの設立が2026年7月14日に発表されました。
Ethereum Foundation(EF)の Institutional Privacy Task Force(IPTF)から独立したこの営利企業は、以前の EthLabs、前号の Ethereum Institutional に続く、EF 再編後の役割分担の最後のピースです。
担うのは「評価から構築へ移る瞬間に本番システムを納品する、責任ある商業カウンタパーティ」の役割です。彼らが狙うのは、機関投資家採用のボトルネックはスケーラビリティはなく、プライバシーという切り口となります。
また、本ニュースレターにEthSystemsの共同代表であるMo氏より、日本市場へのコメントをいただきましたので掲載します。
Japan is an important market for this work because institutional adoption depends on privacy and compliance being designed together. We’d welcome input from Japanese financial institutions, builders, and policy experts as we translate local requirements into practical, verifiable privacy architectures on Ethereum, and as we expand the Ethereum Privacy Map to cover Japan.
Mo Jalil( Co-Founder at EthSystems )
目次
1. 設立の背景——EF再編後の機能分化
2. 何を解決しようとしているのか
3. ビジネスモデル——OSS + スコープ限定の有償支援
4. 知的中核——Privacy Map と「privacy by math」
[Fracton View]——ボトルネックの所在と、日本法域の不在
1. 設立の背景 — EF再編後の機能分化
EF は人員・予算を縮小し、マンデートを CROPS(検閲耐性/オープンソース/プライバシー/セキュリティ)のスチュワードシップに絞り込みました。これは緊縮というより機能の外部化として考えられています。この4週間で立ち上がった3組織を同じ意味で「EFスピンアウト」と呼ぶのは正確ではありません。
EthSystemsは、EFの Institutional Privacy Teamのリーダー陣によって設立された独立した営利企業であり、同チームの研究・開発活動を引き継いでいます。EthSystems だけが営利法人である点が注目です。個別の金融機関向けの設計・実装・保守は、責任の所在とインセンティブが契約で規定されていなければ、機関側が発注できません。
2. 何を解決しようとしているのか
掲げるのは「Confidential Systems for Institutional Ethereum」。機関が取引詳細や顧客IDを市場に晒すことなく Ethereum 上で金融取引を行えるようにする基盤を開発しています。求められているのは「匿名性」ではなく「誰が・いつ・何を見られるかのコントロール」。満たすべきは、次の二重制約です。
市場に対しては秘匿されている(private from the market)。かつ、規制当局に対しては透明である(transparent to the regulator)。
全世界に公開される環境へ本格業務を移すことはできません。かといってプライベートチェーンに逃げれば、共有決済・検証可能性・コンポーザビリティを失ってしまいます。解は、公開された共有台帳の上で、必要な相手にだけ必要な情報を開示することです。創業者3名はいずれも IPTF を立ち上げ・運営したメンバーで、投資銀行実務から実装まで揃っています。機関向け案件が頓挫する典型は、要件定義と実装の間の翻訳が失われることにあり、両方を同一組織に持つ構成は稀少です。
アンカー投資家は BitMine(NYSE: BMNR)、SharpLink(Nasdaq: SBET)、Ethereum共同創業者ほか(金額非開示)。EthLabs、Ethereum Institutional とほぼ重複する顔ぶれとなっています。
3. ビジネスモデル - OSS + スコープ限定の有償支援
提供形態は4段階です。
Workshops(要望を要件に落とす)
Proofs of Concept
Architecture Review(trust model / privacy boundary / exit credibility で設計検証)
Production Systems(既存ベンダー基盤と統合した本番実装)。
EthSystemsは可能な限りオープンに活動し、PoC、ライブラリ、フレームワーク、仕様書、Ethereum Privacy Mapなどを公開する一方で、機関との連携については非公開とすることがあります。規制下の金融機関が未検証のブラックボックスを本番導入することはなく、検証可能な公開実装の蓄積こそが一番の強みとなります。
4. 知的中核——Privacy Map と「privacy by math」
EthSystems の実体は「会社」であると同時に「業界標準リファレンス」です。公式サイトは会社紹介ではなく、The Ethereum Privacy Map(GitHub: ethsystems/map)という知識ベースそのものです。
図1: Privacy Map の設計ファネル(Use case → Approach → Building block → Vendor)と Jurisdictions 7法域。
Workshopの「要望を要件に翻訳する」作業が、そのままサイト構造になっています。同じ機能を複数の暗号方式で並列に掲載し——Private Shared State を FHE / MPC+ZK / TEE の3系統など——「唯一解」を売らず、CROPS のトレードオフで選ばせます。各項目には成熟度も付きます。なおEthSystemsは、AztecやMidenをはじめとする、このソリューション分野におけるその他のプライバシープロジェクトやベンダーに対しても、中立な立場を維持し、様々なアプローチを評価します。
思想面で重要なのは B2B と B2C の区別です。B2B は対称的な力関係で契約による救済がありますが、B2C は非対称であり、彼らは「CROPS はユーザーを機関から守らなければならない」と明記しています。プライバシー基盤が監視基盤に転化するのを設計段階で防ぐ立場となります。最も関連度が高いのがブログ「Public Rails vs Private Ledgers」です。パーミッションド台帳は運用者への信頼を再導入するため、「ブロックチェーン本来の目的(信頼の除去)を無効化する」というパラドックスに陥る、という論旨です。判断軸としては、Exit Test/Privacy Model/Liquidity Access/Governance/Talent/Portability/Finality の7つを提示しています。
[Fracton View]
機関投資家採用のボトルネックがどこにあるか
現在、機関投資家においては、担当部署が新規事業部門の実験段階から、本番導入前提の資産運用部門に移行しつつあるように感じます。しかし以前として彼らのブロッカーは、取引相手や取引規模が競合他社からトランザクション履歴が見えてしまうことと、顧客情報の取り扱いが既存の監督枠組みと整合するか確定していないことです。「プライバシー」という言葉が出たとき、匿名性の話なのか開示コントロールの話なのかを切り分けるだけで、議論の質は向上すると考えており、Fractonとしてもオンチェーン金融における「プライバシー」の重要性を引き続き啓蒙していきます。
なお、9月25日に開催する『Ethereum Institutional Summit 2026』にはEthSystemsの共同創業者であるMo氏が登壇予定です。是非ご参加ください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
参考リンク
過去号: #05(EthLabs)/ #09(Ethereum Institutional)




